雨やどり〜azurの日記

令和二年、四月。家族が突然死で私の人生からいなくなってしまい、世界が変わってしまいました。「諸行無常」という言葉の意味がわからないけど、今の私には抵抗感しかありません(でもどうやら違うようですね)。後悔、罪悪感、悲しさ、寂しさ、その他雑多な感覚のなかで、意識が継続されることが苦しいです。

ガンダーラ どうしたら行けるのだろう教えて欲しい

ふと見ていたブログで、どなたかがあげていた内容を一番下に貼らせて頂きます。
昔私が勤めていたお店のピアニストの先生に私はよくガンダーラをリクエストしたものです。
亡くなったAさんはカラオケがあまり好きではなく、自ら歌うのも人の歌を聴くのも苦手な人でした。そんなAさんと千葉県のある川沿いのとある小料理居酒屋に行った際、どうしても一曲歌う流れになったAさんは、菅原洋一さんの「今日でお別れ」を歌いました。
今から多分13年?くらいは前のことでしょうか。私たちがまだイケイケだった頃で、当時の心持ちや過ごし方を懐かしく思い起こします。でも「今日でお別れ」はもう平常心で聴くことはできなくなりそうで、とても残念です。

貼らせて頂いた記事の内容を少し書きます。

そこに行けば どんな夢も 叶うと言うよ
  誰も皆 行きたがるが 遥かな世界
  其の国の名は 乾陀羅(ガンダーラ
  どこかにある 理想郷(ユートピア
  どうしたら 行けるのだろう?教えて欲しい

   因 乾陀羅  乾陀羅 
   イン ガンダーラ ガンダーラ
   是 声 否厭 因 印度亜
   ゼイ セイ イトワズ イン インディア
   乾陀羅  乾陀羅  愛ノ国 乾陀羅 
    ガンダーラ ガンダーラ アイノクニ ガンダーラ

生きる事の 苦しみさえ 消えると言うよ
  旅立った 人はいるが 余りに遠いー
  自由な その乾陀羅(ガンダーラ
  素晴らしい 理想郷(ユートピア

  心の 中に生きる 幻なのかー?
   因 乾陀羅  乾陀羅 
   イン ガンダーラ ガンダーラ
   是 声 否厭 因 印度亜
   ゼイ セイ イトワズ イン インディア
   乾陀羅  乾陀羅  愛ノ国 乾陀羅 
    ガンダーラ ガンダーラ アイノクニ ガンダーラ

    乾陀羅  乾陀羅 
   是 声 否厭  因 印度亜
   乾陀羅  乾陀羅 愛ノ国 乾陀羅 
   乾陀羅  乾陀羅 
   是 声 否厭  因 印度亜
   乾陀羅  乾陀羅 愛ノ国 乾陀羅 
   乾陀羅  乾陀羅  
   是 声 否厭  因 印度亜
   乾陀羅  乾陀羅 愛ノ国 …
 

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原曲の英語詞では、
 ♪In Gandhara,Gandhara
  They say it was in India

ガンダーラ、それはインドにあったと言う。」
と、意外とあっさりした意味になります。
しかし、これを漢文に置き換えると、

  因 乾陀羅  乾陀羅
  イン ガンダーラ ガンダーラ
  是 声 否厭 因 印度亜
  ゼイ セイ イトワズ イン インディア
「理想の(もと=地)、乾陀羅ガンダーラ)。 
 そこは 仏教の(もと)である 印度(インド)にある。
 その地へ、苦労を厭わず(避けず)に行ってみたい。
 そんな (正直)なる (願い)が聴こえる。」


このように、より深みが増すのではないかと思います。
苦労を厭わずに、理想の地を訪ねてみたい。
そんな熱い想いが伝わるようです。
偶然か必然か分りませんが、英語詩が漢文に曲がりなり
にも換えられる、まさに天才的英語詩だと驚かされます。
そして、本当にお経みたいになってしまいました。(笑)

さて、ここに “白眉”というべき、名文句が登場します。
辛苦の末に追い求めた理想郷、ガンダーラ。 ところが、
 「心の中に生きる 幻なのか?」
大ドンデン返しであります。
そもそも、そんな自由な 苦しみの無い世界なんて、実在
するはずがない。 夢に描いた世界です。
しかしながら、
それでも夢に向かって 精進を重ねる
その姿こそ尊いのです

夢を描き 理想に向かって、日々コツコツと積み重ねていく。
例え はかない夢でも、理想の地を、苦労を厭わずに求めて
いく。 そんな「ガンダーラ」の“経文”から、改めて教えられる
気がするのです

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